東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)50号 判決 1980年7月10日
原告 株式会社やまと
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた判決
一 原告
特許庁が昭和五四年二月一九日、同庁昭和五一年審判第六七〇九号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文第一、二項と同旨。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四六年一二月二八日、特許庁に対し、別紙(一)のとおりの構成からなる商標(以下、本件商標という。)について、第一六類「織物、編物、フエルト、その他の布地」を指定商品として登録出願(昭和四七年商標登録願第二三一八号)をし、昭和四九年八月二八日出願公告(昭和四九年商標出願公告第四八〇四三号)されたが、昭和五一年三月二六日拒絶査定を受けた。
そこで、原告は、昭和五一年六月二一日、審判の請求をし、昭和五一年審判第六七〇九号事件として審理された結果、昭和五四年二月一九日、「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本は、昭和五四年三月一〇日原告に送達された。
2 審決の理由の要旨
本件商標は、別紙(一)のとおりの構成からなり、第一六類、織物、編物、フエルト、その他の布地を指定商品として、昭和四六年一二月二八日登録出願されたものである。
これに対し、原査定において本件につき拒絶の理由に引用した登録第五六二六九六号商標(以下、引用商標という。)(別紙(二)参照。)は、「YAMATOTEX」の文字をゴシツク体で左横書きしてなり、旧第三四類「第三〇類乃至第三三類に属せざる織物」を指定商品として、昭和二八年一〇月五日登録出願、昭和三五年一二月一五日登録されたものである。
按ずるに、本件商標は、その構成上記のとおりであるところ、黒地の横長方形内の左側の円内に直線の幾何図形を接する図形とその右側に大きく顕著に左横書きされた「やまと」の文字が本件商標における要部と認められるものであるが、左側の図形は一べつして何であるかを理解し難いものであるに対し、「やまと」の文字は親しまれやすいひらがなで、しかも大きく表示されているものであるから、これによつて商品取引される場合の多いものといわねばならない。
してみると、本件商標から「ヤマト」の称呼及び「大和」の観念を生ずるものである。
一方、引用商標は、その構成上記のとおりであるところ、語尾の「TEX」は英語の「Textile」又は「Texture」の略語として、その字音「テツクス」を含め、織物、生地の意に広く使用され、認識され、そして、広く織物の商標を構成する文字として、或る語の語尾に付して商品織物等に使用されているものであるから、引用商標は「YAMATO」と「TEX」を組み合わせた商標であると容易に認識することができるものであり、かつ「TEX」は上記するとおりの事情にあるものであるから、看者は引用商標のうちの「YAMATO」の文字に特に注意をひかれ、これによつて取引を行う場合の多いだろうことも容易に推認することのできるものである。
してみると、引用商標から、「ヤマト」の称呼及び「大和」の観念をも生ずるものといわねばならない。
そうすると、本件商標と引用商標は、称呼観念を同一にする類似のものである。そうして、本件商標の指定商品は引用商標の指定商品を包含するものであり、また、本件商標登録出願日が引用商標のそれより後であることも明らかである。
そうしてみると、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものである。
3 審決を取り消すべき事由
引用商標の構成、指定商品及び登録出願、登録年月日がいずれも審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、本件商標及び引用商標から同一の称呼、観念が生ずるとした点で判断を誤つたものであり違法であるから取り消されるべきである。
(一) 本件商標からは、「オリジナルきもの専門店やまと屋(家)」の観念が生じ、引用商標からは「YAMATOTEX」の観念のみが生ずるものとみるべきである。
すなわち、本件商標は、別紙(一)のとおり「オリジナルきもの専門店」の日本文字を明朝体で左横書きし、その下方の子持線を有する長方形状の地内の左側に、円形の輪郭の約下半分に右輪郭に接してきものの襟部分を図案化して表示した原告の企業標(商標登録第九三〇三一六号)を表わし、その右側に「やまと」の平仮名文字を抜き書きに表わしてなるものである。
ところで、本件商標のうちの「オリジナルきもの専門店」の構成部分にある「店」なる語は、商品を売買するために設けられた所という意味をもち、また、「専門店」なる語は、「買い回り品、専門品を扱う対面販売形式の小売店で、その商圏は広く限られた商品分野について、豊富な品揃えによつて特化した需要に答えるようなもの」という意味をもつものであるから、かかる意味を有する「オリジナルきもの専門店」の文字が明瞭に表わされている本件商標中の「やまと」は、単なるやまとではなく、「やまと店」すなわち、「やまと屋(家)」、つまり、出所自体を表示しているとみるのが自然であり、したがつて、本件商標からは、「オリジナルきもの専門店やまと屋(家)」なる観念が生ずるものである。さらに、「やまと」の左側に商店の家紋(企業標)があることが一層この観念を生じ易くしており、これ以外の観念の生ずることをむずかしくしている。
このように、本件商標のうちの「オリジナルきもの専門店」の語及び商店の家紋(企業標)は、本件商標から生ずべき観念を認定する場合に無視できない重要なものであるのに、審決は、この点を無視もしくは看過したために「大和」なる誤つた観念を認定したものである。
他方、引用商標は、「YAMATOTEX」の英文字を同一の字体(ゴシツク体)、同一の大きさ、同一の字間隔、異つた色彩を含まないなどいわゆる一連に表わされているところから、全体が不離一体の合成されたものとして受け取られ、これを看る者にとつて、引用商標は、「YAMATOTEX」として独自の個性を有する造語として認識されるものである。
元来、「○○TEX」、「△△TEX」という語は英国において、織物類を表わすとともに、信用を意味付けるものとして、商標中に用いられてきたものであるが、これが我が国に入つてきて、現在のように語尾に「TEX」の文字を有する商標が織物類、特に毛織物に使用されるようになり、メーカーなり卸売業者なりが自己が責任を持つた商品であることを示すものとして用いられ、その商品に対する誇りをも表わし、したがつて一般に高級品といわれるものに使用され、すべて「○○TEX」、「△△TEX」などとフルネームで使用され、宣伝広告されている。
被告が主張するように、一般需要者が商標に接した場合に、適宜、要部(特徴部分)のみをとらえて、他の部分を省略することがあるとしても、そのようなことは、きわめて稀な例にすぎず、普通は、メーカー、販売者一般需要者も商標をそのままフルネームで使用し、かつそのように受取つているから、商標を分離することが商取引の実際であるとはいえない。
被告は、「○○TEX」の構成をもつ商標のほとんどが、「TEX」の部分が「○○」の部分から分離されて表示されているから、引用商標も「YAMATO」と「TEX」に分離されると主張するが、「TEX」の部分が分離されて表示されている商標がほとんどであるとはいえないし、また被告のような商標の観察態度は、微視的であつて、「TEX」が離れて表示されても、付いて表示されても、「○○」と一連のものと理解されるのが自然である。
右のようなことからして、引用商標は、「YAMATOTEX」と不離一体の独自の個性を有する造語とみるべきであるから、引用商標からは「YAMATOTEX」なる不可分の観念のみが生じるものである。
(二) つぎに、本件商標は、以上のとおりのものであるから、そこからは、「オリジナルキモノセンモンテンヤマト」又は「オリジナルキモノセンモンテンヤマトヤ」の称呼が生ずるものであり、これが省略された場合には、「ヤマトヤ」又は「ヤマト」の称呼が生ずる。
これに対し、引用商標は、前記のとおり全体が不離一体の関係にあるところから、これからは、「ヤマトテツクス」の称呼のみが生ずるものとみるのが自然である。この「ヤマトテツクス」の称呼は、冗長でなく簡潔明瞭であるうえ、七音であつて語呂のよいものである。そして、「TEX」の文字は、「○○TEX」、「△△TEX」のごとく語尾に付ける態様で、広く使用されていることは前述のとおりであるが、一般取引業者もしくは需要者が「TEX」の部分を切り離し、あるいはこの部分を略して称呼することは行われていない。
したがつて、引用商標「YAMATOTEX」からは、「ヤマトテツクス」なる称呼のみが自然に生ずるものである。
さらに、本件商標と引用商標とは、その外観が著しく相違するので、これによつて両者間の右観念、称呼の相違も一層強化されているものといえる。
二 被告の答弁および主張
1 請求の原因1、2の事実は、認める。
2 同3の取消事由の主張は、争う。
引用商標「YAMATOTEX」のうちの「TEX」の文字は、英語の「Textile」、又は「Texture」の略語として、その字音「テツクス」も含め、織物、生地の意味に広く用いられ、かつそのように認識され、広く織物などの商標を構成する文字として或る語の語尾に付して商品織物などに使用されているものである。
商品「織物など」に関する引用商標と同種の構成をもつ商標の具体的例をみると、例えば、御幸織物株式会社が「MIYUKITEX」、鐘渕紡績株式会社が「KANEBOTEX」、東洋紡績株式会社が「TOYOTEX」、三菱レイヨン株式会社が「三菱テツクス」、愛和毛織株式会社が「AIWATEX」、浅長毛織株式会社が「ASACHOTEX」の商標を使用しているごとく、多数の会社が、その商号の略称のあとに「TEX」の文字を付した商標を商品「織物など」に使用しているのである。しかも、その具体的使用態様をみると、「TEX」の部分が、商号の略称部分から分離されて表示されているのがほとんどである。このような取引界の実情の下においては、一般の取引者、需要者は、一連に「○○○TEX」と表示してある場合でも、「TEX」の文字については、織物、生地の意味を示すものと認識し、その前に表示された「○○○」の文字に注意をおき、これを目安として商品の取引をする場合も多いであろうということは、容易に推認し得るところである。
一般取引者もしくは需要者が商標に接する場合、適宜、商標の要部(特徴部分)のみをとらえてその目安とし、他の部分を省略して取引する傾向のあることは否定し得ないところであり、これが商取引における経験則である。
してみると、引用商標の「YAMATO」の文字と「TEX」の文字はそれぞれ前記例示の商標と同じように認識されるものであり、かつ「YAMATO」と「TEX」との間には、何ら観念上密接な関係もなく、これらを組み合わせても、これを構成する文字が全体として不可分一体の、全く別異の観念を生ずるものでもない。
また、引用商標「YAMATOTEX」は、「大和毛織株式会社」の使用する商標であつて、引用商標のうちの「YAMATO」の部分は、その商号の略称と解することもできるものであるから、この点からいつても、一般の取引者もしくは需要者が引用商標に接した場合、そのうちの「YAMATO」の文字に注意を向け、これによつて商取引をするであろうことは多いものといわねばならない。
そうすると、引用商標からは、「ヤマトテツクス」の一連の称呼のほか、「ヤマト」の称呼及び「大和」の観念も生ずるものである。
したがつて、本件商標と引用商標とは、称呼及び観念を同一にすることのある類似の商標であるとした審決の判断は、正当であつて、何ら審決を取り消すべき違法はない。
理由
一 本件商標の構成、その指定商品、出願から審決の成立に至るまでの特許庁における手続の経緯及び審決の理由の要旨並びに引用商標の構成、その指定商品(絹、木綿、毛、麻各織物に属しない織物)及び登録年月日については、いずれも当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取り消すべき事由の有無について検討する。
本件商標は、別紙(一)のとおり、子持線で縁取られた黒地の横長方形内の左側の円内に直線の幾何図形を接する図形が配され、その右側に大きく顕著に「やまと」の平仮名文字が左横書きに抜き書きされ、さらに、子持線による縁取りの上部に明朝体で「オリジナルきもの専門店」の文字が左横書きされて成るものであるが、本件商標における「やまと」の文字の大きさ、その配置からみて、本件商標からは、「ヤマト」の称呼(本件商標から「ヤマト」の称呼も生じることは、原告も自認するところである。)とこれに相応する「大和」の観念が生ずることのあることを否定することはできない。この点、原告は、本件商標からは、全体として「オリジナルきもの専門店やまと屋(家)」なる観念のみが生ずるものと主張するので、観念に関してさらに審究する。
一般に商標の観念は、商品の出所を記憶する手がかりとなるところの、商標を構成する文字、図形等の有する意義をいうのであるから、商標の構成の全体から生ずることも、その一部分から生ずることもあり、また単なる造語のようにこれを生じないものもあるが、いずれにしてもこれを看る者の注意を惹き、印象付けるような構成(部分)から生ずるものであり、しかも、商標の観念というには、一見して世人をして一定の意義を理解させるようなものでなければならないというべきである。
これを本件商標についてみるに、前記のとおりの構成をもつ本件商標にあつては、「オリジナルきもの専門店」の部分は、元来識別力の弱い、一般的名称のつなぎ合わせで、しかもやや冗長であつて、これを本件商標の構成中一見して強い印象を与える部分と見ることはできず、また、原告が商店の家紋(企業標)であると主張するところの、内部に幾何図形を接する円形図形も、一見してその意義を理解することはむずかしいものであるから、これらの構成部分自体にはもとより、これを「やまと」の文字を含めた本件商標全体を観察したとしても、原告主張のごとく、全体としての意義を理解し認識することは困難であると考えられる。したがつて、たとえ、原告主張のごとく本件商標から直ちに「やまと屋(家)」の意義であると理解しうる者がありうるとしても、「やまと」の文字が、他の構成部分に比して最も看る者の注意を惹きつけ、印象付けること及び「やまと」の語は、容易に定が国の古称である「大和」の意義であると理解できる程度に親しまれた日本語であることは、当裁判所に顕著なところであるから、本件商標からは、多くの取引者、需要者にとつて、「ヤマト」の称呼に相応するところの「大和」の観念の生ずることを否定することはできない。
一方、引用商標は、前記確定のとおり「YAMATOTEX」の英文字をゴシック体で一連に左横書きしてなる構成である。そして成立に争いのない乙第一号証の二、第三号証の二、第四号証の二の一、二、四、第七号証の一、二、第八号証の一、二、第九号証の一、二を総合すると、商品「毛織物」もしくは「織物、編物、フエルト、その他の布地」について、「KANEBOTEX」、「MILLIONTEX」、「MIYUKITEX」、「REFINE TEX」、「ニツケテツクス」、「ノームラテツクス」などのように語尾に「TEX」、「テツクス」の文字をもつ商標が、広く用いられていること、これら商標の末尾に付された「TEX」、「テツクス」の文字は、英語の「Textile」又は「Texture」に由来し、織物、生地などを表わす一般名称としての語尾であり、その意味を表わすために商標に用いられていることが認められる。
そうすると、一般の取引業者もしくは需要者が、これらの商標に接した場合には、通常「TEX」もしくは「テツクス」の部分をのぞいた「KANEBO」、「MILLION」、「MIYUKI」、「REFINE」、「ニツケ」、「ノームラ」などの部分に注意を向け、これによつてその商標と指定商品とを記憶し、識別するものとみるのが相当である。この点、成立に争いのない乙第六号証によると、一般取引の場にあつては、簡易迅速の要請からして、洋服生地を例えば「ニツケ」、「ノームラ」等として広告している例も認められ、これは前記「ニツケテツクス」、「ノームラテツクス」の略称とみることができる。
これを引用商標「YAMATOTEX」についてみるに、引用商標は、前記例示した「KANEBOTEX」、「MILLIONTEX」、「MIYUKITEX」などと異別に認識される構成上の差異は認められないから、引用商標における語尾の「TEX」の文字は織物などを示す一般名称とみられ、したがつて、引用商標の識別力ある部分は、「YAMATO」の部分にあるものとみざるをえないから、引用商標からは、「ヤマト」の称呼も生じ、これに相応する「大和」の観念も生ずるものとみるのが相当である。
この点、原告は、引用商標が、取引上「YAMATO」と「TEX」とに分離されることがないから引用商標からは「ヤマトテツクス」なる一連の称呼のみが生ずるものと主張し、成立に争いのない甲第一二号証には、これにそう部分もあり、また、引用商標にあつては、前記例示商標のうちの「REFINE TEX」のごとく「TEX」の文字が構成上分離して表示されていないけれども、これらの点を考慮に入れても、前記検討したごとく、識別力のある「YAMATO」の部分を頼りに取引されることが多いといわざるをえないから、引用商標から「ヤマト」の称呼とこれに相応する「大和」の観念が生ずるとする前記判断を覆えすに足るものではない。
そうすると、本件商標と引用商標は、ともに「ヤマト」の称呼とこれに相応する「大和」の観念を共通にし、外観の相違を考慮に入れても、類似の商標というべきであり、これと同旨の審決の判断は、正当であつて、審決には何ら違法はない。
三 よつて、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小堀勇 高林克巳 舟橋定之)
別紙(一)
別紙(二)